一ノ瀬泰造氏について
1947年(昭和22年)
11月1日、佐賀県武雄市にて生まれる。
1963年(昭和38年)
佐賀県立武雄高等学校に入学。高校1年生の夏の高校野球甲子園大会に野球部員として出場する。
1966年(昭和41年)
日本大学芸術学部写真学科に入学。
1970年(昭和45年)
大学卒業後、UPI通信社東京支局に勤務。
1971年(昭和46年)
UPI通信社を退社。ベトナム行きの資金作りのため、横田基地のPX(三六紹介)で働きつつ時間外はアルバイトに励む。
1972年(昭和47年)
インド・パキスタン戦争におけるバングラデシュの悲惨さに心を痛め、戦争の悲惨さを伝えるフリーカメラマンとしての一歩を踏み出す。内線が続くカンボジアにおいて、アンコールワット遺跡への一番乗りを目指す。アンコールワットのある街シアムリアップに滞在している間に、この街の人々の優しさに魅かれていく。
カンボジア政府軍との間にトラブルが重なり、国外退去を命ぜられたためにベトナムへ向かう。
8月に「安全へのダイブ」でUPI月刊賞を受賞。
1973年(昭和48年)
4月下旬に武雄へ帰郷。6月にカンボジアに再入国し、戦闘取材を行う。11月に友人へ「地雷を踏んだらサヨウナラ」と別れの言葉を残し、単身アンコールワットへ潜入、そのまま消息を絶つ。
1982年(昭和57年)
シェムリアップから14km離れた、プラダック村において遺体が発見された。
